ブックタイトル第29回 国民文化祭・あきた2014プレガイド 2013年10月発行

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概要

第29回 国民文化祭・あきた2014プレガイド 2013年10月発行

 祖霊を送る盆の8月16 日。出羽の山並みに日が沈むころ、羽後町西馬音内に寄せ太鼓の音が鳴り響く。やがて着飾った子どもたちが篝火のたかれた通りで踊りを披露し、3日間にわたる盆踊りが幕を開ける。 西馬音内盆踊りは、約700 年前の豊年祈願の踊りと、約400 年前に滅んだ西馬音内城主・小野寺一族の霊を慰めるために踊った盆踊りとが融合したものといわれている。昭和10 年の東京公演をきっかけに形式が整えられ、昭和56年に高い芸術性を有する民俗芸能として国の重要無形民俗文化財に指定された。伝統の踊りは親から子へ、そのまた子へと受け継がれる中で技も磨かれ、新たな歴史を刻むに至っている。 櫓の上で奏でられる勇壮な囃子と野趣に満ちた歌声が佳境に入るにつれ、静かに、しかし確実に広がっていく踊りの輪。編み笠や彦三頭巾で顔を隠した踊り手たちが加わると、輪の中の空気感は熱を帯びていく。明治の俳人、河東碧梧桐が「初めて絵になる盆踊りを見た」と称えた踊りは、しなやかな手振りと足運びだけがクローズアップされがちだが、実は踊り手たちの内なる熱こそ、見るべきポイントかもしれない。 あでやかな端縫いや藍染めの衣装が篝火に浮かぶ中、豊かな実りを願い、祖霊と一体となって一心不乱に踊り続ける町人たち。その光景は、観衆を一種独特の幻想世界へと誘っていく。 大日堂舞楽はユネスコ無形文化遺産にも登録されている、鹿角市八幡平地域に1300年前より伝わる県内最古の舞楽。八幡平小豆沢(あずきざわ)の大日霊貴(おおひるめむち)神社、またの名を大日堂に奉納する舞楽を、地元では「ざいどう」あるいは「ざいど」と呼ぶ。 地元に残る伝承によると、この舞楽は大日堂が養老年間に再建された時、都から訪れた楽人によって伝えられという。能衆は大里、谷内、小豆沢、長嶺地区の氏子35 人。真摯に伝統を守り続けてきた人々にしか醸し出すことのできない独特の雰囲気は、大日堂に広がるどこか神々しい空気感と相まって、見る者に異世界へ迷い込んだかのような錯覚を覚えさせる。 留学生や海外の日本研究者の関心も高く、雪深い正月という時期にも関わらず、舞楽当日の会場には多くの人々が白い息を吐きながら集まってくる。 番楽は山伏が携わった獅子神楽の一種で、主に東北の日本海側に分布しており、獅子舞、権現舞などとも呼ばれる。  秋田ではこの番楽や獅子舞が、鳥海山周辺の由利地域に伝わる本海獅子舞番楽、鳥海山日立舞や鳥海山小滝番楽、 かつてマタギが暮らした森吉山麓に伝わる根子番楽、羽後町の仙道番楽など、地域の人々によって継承されている。 集落の結束力の強さ、まじめな県民気質、日本有数の穀倉地帯という土地柄から人々の生活が比較的安定していたことなどが、現存する伝統芸能の多さに多少なりとも影響を与えていると言われている。 厳しい自然と向き合ってきた農耕民族ならではの儀式や祭事。そこには情緒豊かな趣があり、どこか刹那的な響きがあって、見る者の心に深い感動を呼び起こす。No.そこは、五感を震わす感動空間。西馬音内盆踊り[羽後町]世界が認めた黄金の面、いにしえの舞。大日堂舞楽[鹿角市]山村に響く、ノスタルジックなしらべ。秋田の番楽・獅子舞1秋田の文化コラム 伝統芸能21